【全身性エリテマトーデス・自己免疫性肝炎】とにかく前向きに病気と向き合っていこうと覚悟を決めました。(女性・あづささん)

――13歳で難病と診断され、さらに47歳で新たな難病を診断されたあづささん。病気を受け入れ、日々の生活とどう向き合っているのか、その思いをお聞きしました。

お話を聞いた方のプロフィール

お名前/性別あづささん/女性
診断された難病の名前<小児慢性特定疾患>
突発性血小板減少性紫斑病・橋本病・溶血性貧血 、 後に全身性エリテマトーデスと診断。

・全身性エリテマトーデス(抗リン脂質抗体症候群合併)
・自己免疫性肝炎
診断された年齢・突発性血小板減少性紫斑病他 13歳
・全身性エリテマトーデス 15歳
・自己免疫性肝炎 47歳
家族構成夫・娘(27)・息子(14)
住んでいる地域千葉県

記事内の文章や写真は、許可を取り掲載をしているものです。複製、転用、販売などの二次利用することを固く禁じます。

全身性エリテマトーデスとはどんな病気なのか

この病気が全身のさまざまな場所、臓器に、多彩な症状を引き起こすということを指しています。

発熱、 全身倦怠感 などの 炎症 を思わせる症状と、関節、皮膚、そして腎臓、肺、中枢神経などの内臓のさまざまな症状が一度に、あるいは経過とともに起こってきます。

難病情報センター https://www.nanbyou.or.jp/entry/53

自己免疫性肝炎とはどんな病気なのか

多くの場合には慢性に経過する肝炎で、肝細胞が徐々に障害されます。

原因がはっきりしている肝炎ウイルス、アルコール、薬物による肝障害、および他の自己免疫疾患による肝障害を除外して診断します。

難病情報センター https://www.nanbyou.or.jp/entry/113

難病と診断される前の体調

期間が空いて複数の難病を診断されているため、年齢別に分けて当時のご様子を掲載いたします。

13歳のとき

身体中に青あざができていた。
最初はぶつけるとすぐあざになったのだが、そのうち身に覚えのないあざが増えていた。他の自覚症状はほとんどなかったため、部活で忙しく受診しなかった覚えがある。

47歳のとき

非常に疲れやすく、とにかくだるい。
少し動くと肩で息をしてしまう。座ると立ち上がれない状態が続き、普段かなり活発に動いているため絶対どこかおかしいと感じていました。

病院に行くきっかけの出来事

13歳のとき

身体中があざだらけになり、さらに赤い点々(後に点状出血だったと知る)が出てきてしまい、さすがに心配になり、夏休みに近所の診療所を受診。
そのままこども病院を紹介され、緊急入院となりました。当時の血小板は3,000未満と非常に危険な状態だったそうです。
退院までに4か月かかってしまいました。

47歳のとき

健康診断で肝臓の値が徐々に悪化しているが、要観察程度であったため、念のため定期的に地元の大きな病院の消化器内科にかかってはいたのですが、R7年の3月に抗リン脂質抗体症候群で通院している大学病院の血液検査で肝臓の値が前回より急激に悪化しているためすぐに地元の消化器内科にかかるよう指示があり、その場で連絡し、翌日受診しました。
前日よりさらに悪化しており、緊急入院となり1か月入院することになりました。

難病と診断された時の心境

13歳のとき

当時、非常に危険な状態だったそうで、母親が目を真っ赤にしながら、「必ず良くなるって。また部活もできるって。」と言っていたのですが、子供心に相当まずい状態なのだと思っていました。
部活は全国大会常連校(吹奏楽)でしたし、部活ができないこと、学校に行けないこと、さらにかなり厳しい病棟だったこともあり、強いショックを受けたのを覚えています。

47歳のとき

あぁ、またか。という思いと、全身性エリテマトーデスの再燃かと思っていたけど、別の自己免疫疾患だと知り、さらにまたステロイドを再開しなければならないことにショックを受けましたが、体調不良が続いていた原因ははっきりし、治療を開始できるのは良いことだったのだと、納得して前を向くのも早かったです。

治療や通院で大変だったこと&どう乗り越えたか

最初にステロイド(プレドニン)での治療をしていて、思春期に副作用による肌荒れや体重の増加、感染症予防のため人ごみを避けなければならない等本当に苦痛でした。
体調が悪い日も多く、すぐに風邪をひいたり気を付けていても感染症にかかってしまい、高校は通いきれず中退してしまいました。

社会に出てからも体調悪い日が多く、仕事も休みがちになってしまい、職場でも症状が目に見えないためなかなか理解が得られず、居づらくなってしまい転職をしたり、苦しい日々を過ごしていました。

そんな日々を乗り越えることができず、結婚を機にステロイド(プレドニン)の自己中断をしてしまいましたが、奇跡的に再燃せず(かなり珍しいケースらしく、絶対に自己中断はしてはいけないそうです。)プレドニンの服用をやめたところ徐々に体調がよくなり、快適な日々を過ごせていました。

しかしその後、抗リン脂質抗体症候群を合併し、妊娠・出産はかなり困難なものになってしまい、長女の時は2か月入院、長女の出産後は体調は回復したものの、抗リン脂質抗体症候群がありなかなか妊娠できず、諦めていたのですが、13年後にまさかの妊娠。
しかし、妊娠とともに体調も悪化、1か月半入院管理していましたが、私の病状悪化により緊急帝王切開となり、早産・低体重出生児となってしまい、長男はNICUに1か月入院し、私が先に退院したため毎日往復2時間かけて面会に行っていました。

その後も抗リン脂質抗体症候群のため脳梗塞をおこしてしまい、緊急搬送され入院をしたり、やはりきちんと治療を続けていればよかったのかと今となっては思っています。

長男出産後、投薬(当時はワーファリンと胃薬のみ)や定期検査をしっかり行い、日常生活に支障がない程度まで回復していたのですが、2年ほど前から肝臓の数値が悪化し始めました。
気を付けてはいたのですが、1年前に急激に悪化、中等症以上の自己免疫性肝炎と診断されました。

入院時にステロイドを70mg/日から投与開始し、1か月の入院となり、その頃にはどうやっても自分の免疫から逃げられそうにない、それならばとにかく前向きに病気と向き合っていこうと覚悟を決めました。

服用している薬や通院頻度

3科から出されるお薬を服用する日々

自己免疫性肝炎になってからはステロイドの再開、さらに全身性エリテマトーデスの再燃の兆しがあり、副作用を緩和するための薬や、予防するための薬(骨粗しょう症や感染症)、全身性エリテマトーデスの免疫調整剤、ウルソなどの肝臓の補助薬、などなど現在は毎日11種(19錠+2包)、週に1度1包、頓服が3種類と・・・結構大量の薬を飲んでいます。

自己免疫性肝炎と全身性エリテマトーデスの活動の兼ね合いでワーファリンのコントロールがなかなかつかず、現在はワーファリンをリクシアナに変更したのでワーファリン4.5m(5錠)がリクシアナだと1錠になっていますが、ワーファリン服用時は19錠→24錠/日だったため、少し良かったかな、と思っていたのですが、やはり抗リン脂質抗体症候群の脳梗塞にはリクシアナよりワーファリンの方が適しているとの話から再度ワーファリンコントロールを試みることになりそうです。

またプレドニンは1年かけて7㎎まで減らしたのですが、再燃してしまい、10㎎に戻し、そこからゆっくりと減らせればというところです。
現在は9㎎/日となっています。

通院は今回は8週に1度、薬に変更があると4週に1度になります。
大学病院で、全身性エリテマトーデスは膠原病内科、抗リン脂質抗体症候群は脳神経内科、自己免疫性肝炎は消化器内科と3科にかかっていて、それぞれの科で検査及び薬の処方があります。
3科の先生で相談してくださり、薬についてお話いただきますが、現状減らすことは難しい状況です。入院していた地元の病院にも確認してみたのですが、やはり今の処方に間違いはないらしく、今の量を当分飲み続けることになりそうです。

生活で気を付けていること

疲れやすい・日光にあたらないようにする・感染症に気を付けるなど、基本的なことはあるのですが、もともと活動的な性格のため可能な限り体を動かしています。テニス、ピックルボール、旅行が趣味で週末は体調を見ながらとにかく体を動かす。

ステロイドの副作用で食欲が増しているのですが、食べるのを我慢するのではなく、動けるうちは食べる分だけ余計に動いて、ストレスをためずにしたいと心がけています。

特定医療費(指定難病)受給者証の存在をどこで知ったか

元々親が病院から聞いて申請してくれていたので、そのまま引き継いで利用していました。

難病で困ったこと(または困っていること)

とにかく見た目でわかりづらい、そして自分があまりに活動的なので本当に体調が悪くなってもあまり理解してもらえない。
副作用なのか、病気の症状なのかわかりづらく、日常生活に支障が出る症状がある。(左手が痙攣する、力が入りずらいので重いものが持てない、物を取り落とす、ペットボトルが開けられない、強い疲労感、関節痛、視力のばらつき等)

お仕事について

デスクワークで9時から17時まで週に3日働いています。
今の職場は理解があり、非常にありがたいです。通院や急な入院も皆様協力していただいて、乗り越えてこれています。

趣味や好きなもの

娘さんと石垣島へ旅行に行かれた時のお写真

テニス、旅行、映画鑑賞が趣味で、その他体を動かすことが大好きです。食べることも大好きです。とにかく、出来ないことを嘆くより、出来ることをしっかり楽しんでやっていこうと思っています。

旅行は月1回、テニスは週2~3回楽しんでいます。登山も趣味で、3年前には(まだ体調がよかったので)長男と2度目の富士山登頂も達成しました。
いつか出来なくなってしまったとしても、後悔しないよう、出来るときは出来る範囲で全力で楽しんでいます。

難病とどのように向き合っているか

とにかく、出来ないこと、仕方ないことはしっかりと理解し、諦めるところはしっかり諦めること。
出来ないことよりも今、まだこれができる!これはこうすれば楽しめる!など、出来ることを見つめること。
それを心がけています。

そしてたまにくじけそうな時は我慢せず、思いっきり落ち込みます。
無理にカラ元気は作らないように。とことん落ち込んで、それからまた出来るところを見つめなおし、元気を取り戻しています。
この先もそうやってうまく付き合っていきたいと思っています。

同じ病気と闘っている方へメッセージ

生きているって素晴らしいこと。健康だと当たり前の生活になかなか毎日感謝したり幸せを感じたりするの難しいと思うのですが、病気があるからこそ、当たり前の健康な生活ができないからこそ感じられたこともあると思います。

私は病気があったから、家族や周りの協力が大切なこと、何気なく過ごしている毎日が当たり前ではないことに気がつけて、それはとても良かったと思っています。
できない事ばかりをみて嘆くのではなく、今できることを見つめて毎日を少しでも笑顔で過ごしてもらいたいです。


管理人

あづささん、この度はアンケートにご協力いただきありがとうございました。
難病で大変な出産を経験されたことから、なんと26年前に「新婚さんいらっしゃい」へ出演されたとお聞きし驚きましたが、さらに2026年に娘さん夫婦と2世代で再度出演されたとお聞きし、インタビュー内容にも【後悔しないよう、出来るときは出来る範囲で全力で楽しむ】とあった通り、ご家族みんなで人生を楽しむ姿が想像できるものでした!

記事内の文章や写真は、許可を取り掲載をしているものです。複製、転用、販売などの二次利用することを固く禁じます。

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